以前は、誰がいても遠慮なく入って行ったものですが、このごろは、どうしたものか、なるべく人目を避けるようにして、誰も入っていない時をねらうようにしては、こっそりと、お湯につかるようになりました。
 それというのは、いつぞやあのいや[#「いや」に傍点]なおばさんから、からかわれて、乳が黒いといわれたのが、突き刺されたように胸の中に透っているものですから、それが気になって、昨日までは、人に見せても恥かしくないと思っていたこの肌が、今日は、自分で見るさえも恐ろしくなることがあるのです。
 お雪ちゃんの不安はそのところから始まりました――それがない時には、無邪気に、晴れやかに、誰にも同じように愛嬌《あいきょう》を見せ、同じように可愛がられているお雪ちゃんが――ふとそのことに思い当ると、暗くなります。
 何ともいえない不安がこみ上げて、こんなはずはない、そんなことがあろうはずはないと、さんざんに打消してはみますが、打消しきれないで、とうとう泣いてしまうことが、この頃中、幾度か知れません。
 ああ、弁信さんが言う通り、こんなことから、わたしは、生きてこの白骨の温泉を帰ることができないのかも知れない
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