きた》るべき人が来ないと思うと、淋しさはまさるものです。ことに、あれほど荒っぽく三階の梯子段を踏み鳴らしながら、上ったのか、下りたのか、それっきり立消えがしてしまったのでは、徒《いたず》らに人に気を持たせるばかりのものです。
いやなおばさんと、男妾《おとこめかけ》の浅吉とがいなくなってから後、この三階は、わたしたちで占領しているようなもの。上ったならば、当然、わたしたちを訪れる人であろうのに……立消えになってしまった。
お雪ちゃんは、また縫とりをとり上げる気にもならず、相聞の歌を繰返す気にもならず、手持無沙汰のかげんで、しばらく所在なくしていたが――その時、ゾッと寒気《さむけ》がしたものですから、急いで、ぬぎっぱなして置いた黄八丈の丹前を取って羽織りかけ、そうして、こたつ[#「こたつ」に傍点]のそばへずっと膝を進めて、からだをすぼめて、両手を差しこんで、ずっと向うのふすま[#「ふすま」に傍点]を見つめたままでいました。
この時、湯槽は急に賑《にぎ》わしくなって、高笑いと、無駄話の声までが、手に取るように響いて来ますけれども、お雪ちゃんはそこへ行ってみようという気にはなりません。
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