神となり、女房が朝日権現とあらわれる――これは文徳天皇の御時なりし……とある物臭太郎一代記を神主の口から、かいつまんで聞かされてしまった宇津木兵馬。
すすめられた渋茶に咽喉《のど》をうるおして、いざとばかり、再び立ち出でた前路に日が高い。
物臭太郎一代記――思い出してもばかばかしさの限りだが、時にとっての何かの暗示。
「辻取り」というのは、初めて聞いた。
刀には「辻斬り」というのがある。柔術《やわら》には「辻投げ」というのがある。ならば「辻取り」というのもあってよかろうはず。いや、その物語によれば、辻取りは、辻斬りや、辻投げの流行せしずっと以前に行われていたはず。
結婚は、ついに掠奪《りゃくだつ》であるというような思想が、兵馬の頭をかすめた時に、かれは浅ましい思いをする。物臭太郎の場合は、それが無邪気に実行されたのみだが――歴史は無邪気のみを教えない。
兵馬の頭が、奪われたる女ということに向う。「辻取り」は今の世、今の時にも行われる。現に、たった今、その災難に逢ったのは自分ではないか。
奪われた心。奪われたのではない、いわば厄介払いをしたのだが、なんとなく安からぬ心を、如何
前へ
次へ
全373ページ中71ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング