とをしたつもりはなかろうが、その飛ばっちりが悉《ことごと》くわれわれの身にかかって、いい迷惑をしてしまったよ」
 仏頂寺がいう。兵馬はそれにも申しわけ。
「諸君に御迷惑をかけたつもりはないのだが……」
「あとのことは君は知るまい……時に、女はどうしたえ、どこへ連れ込んでしまったのだ、え、宇津木君」
 仏頂寺がすり寄ると、兵馬は迷惑そうに、
「女というのは、誰のことだ」
「しら[#「しら」に傍点]を切っちゃいかん、浅間の温泉場を沸き返るような有様にして、置去りにしたわれわれに一切の尻拭いをさせ、自分だけがいい子になって、お安からぬ道行とは、年にも、面《かお》にも、似合わない君の腕、全く穏かではない」
「それは諸君の勘違いだ、なんで拙者が、そんなばかげたことをするものか、第一、拙者がそんなことをするくらいなら……」
「言いわけはいよいよ暗い。浅間では、たしかに君が、あの女をかどわかして逃げたと、みんなそう信じている。よく聞いてみると、なるほどそう信ぜられても弁解の辞《ことば》がないほど、すべてが符合するのだ」
「それには、事情がある……偶然の戸惑いで……」
「その弁解を聞く必要はない、その
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