女が、君の手にあるかどうかを聞けばいいのだ。現在、ここにいなければ、どこへ隠したか、それを聞けばいいのだ。それを聞いたからったって、なにも君からその女を取り上げようの、どうのというのではない、君もその女が好きだというし、女もまた君にたよりたいという心があるなら、われわれも一肌ぬごうではないか。女をどうした、それを白状しろ」
「知らない、左様な女には、全くかかり合いがない」
 兵馬がいいきった時に、表で馬の鈴の音です。兵馬の顔の色が少し変りました。

         七

 よくないところへ――頼んでおいた童《わらべ》が馬を引っぱって来たが、その馬の上には、あつらえ通りの女の人が乗っていたが、下りようともしないで澄ましている。
 手綱《たづな》をかいくったままで、童はのれん[#「のれん」に傍点]をかきわけて、
「旦那様、おいででしたかね」
「うむ」
「頼まれたお方を、お連れ申しましたよ」
「それは御苦労」
 そこで、はじめて、女は馬から下ろしてもらうと、笠を取って、杖を持ったままで、しゃなりしゃなりとはいって来て、
「あなた、あんまりよ」
といって、流し目に兵馬を睨《にら》みました。

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