て来た宇津木兵馬。
くすぐったいような思いをしながら、物臭太郎をたずねてみると、どうもちょっとわからない。
所在がわからないのではない、教える人の、教え方がまちまちなのだ。ある者は、その後ろの方にあるべき塚を教えて、それが物臭太郎だといい、ある者は、その末社の一つに物臭太郎が祭られてあるといい、ある者はまた、その本社そのもの、つまり、穂高神社そのものが物臭太郎を祭ってあるのだともいい、なおある者は、物臭太郎とは、その社前の接待の茶屋がそれだ、その茶屋のある所に、昔、物臭太郎がいて、思いきった怠慢ぶりを発揮していたもののようにもいう。
兵馬には何だか、物臭太郎の正体がわからない。その名前だけは昔噺《むかしばなし》のうちに聞いているが、しかし、徹底した怠け者が神に祭られているとは、ここへ来てはじめて聞く。
ともかくも、その接待の茶屋。
これは今、風《ふう》の変った立場《たてば》ということになっている。土間には炉があって、大薬缶《おおやかん》がかかり、その下には消えずの火といったような火がくすぶっている。その周囲には縁台が置きならべてある。
まだ早いから、誰もこの立場へ立寄ったも
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