戸惑いをして一夜を明かしたために、大騒動を持上げた女であります。その結果、八面大王の葛籠《つづら》の中へ納められて、中房の温泉場へ隠された女であります。それを兵馬が、夜具蒲団の砦《とりで》の中で、偶然発見した女であります。
 この数日来――期せずして、どうも、兵馬の先廻りをして歩いているもののようです。
 今や、こうして、月明の夜、二人同じく旅よそおいをして、道を共にしてみれば、夫婦としては少し釣合いがまずいようだが、力弥《りきや》としては、兵馬に少し骨っぽいところがあり、小浪《こなみ》としては、この女に少し脂《あぶら》の乗ったところがあるようだが、誰がどう見ても、尋常の旅とは見えないでしょう。
 しかし、依然として二人の間は離れ過ぎている。待ち合わせても、待ち合わせても、いつか知らず二三間は隔たりが出来てくるのです。道行としては、こんな離れ離れの水臭《みずくさ》い道行というものがあるべきものではありません。
 兵馬がこうして、ついつい、連れの足弱を置去りにするような歩み方ばかりするのは、人目を気兼ねするのではなく、また、二人ばかりの山路の夜道に、人目を気兼ねする必要が毛頭あるのでもな
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