、女合羽を着て、手甲《てっこう》脚絆《きゃはん》をした、すっかり、旅の仕度の出来ているところ、兵馬とは十分しめし合わせた道づれのようであります。
そこで兵馬は、先に立って歩き出したが、以前のように、両腕を胸に組み上げながら、悠々閑々《ゆうゆうかんかん》と歩いていても、それでも女は歩み遅れる。どうしても、二人の間が二間、三間と隔たりの出来るのは免れないらしい。
これは行き過ぎたと思っては、踏みとどまって待受けて、また、そろそろ踏み出すと、忽《たちま》ちまた二三間の隔たりが生ずる。
「片柳様、誰も追いかけて来やしませんから、もう少しゆっくり歩いて下さいな」
と女が訴えました。
兵馬としては、これより以上の寛怠《かんたい》はできないらしいが、その寛怠が女の足では、追従のできないほどの急速力とも見られるようです。
「その足で、松本までは覚束《おぼつか》ない」
兵馬は憮然《ぶぜん》として突立って、念入りに女の足もとを見ました。
これは、また奇妙なる一つの道行《みちゆき》といわねばならぬ。
兵馬の道づれの女は、浅間の温泉で、芸者をしていた女であります。
酔って、手古舞姿で、兵馬の室へ
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