鞋の紐を結び直しているが、思うように結べないらしい。結んではみても、ためしてみると、足につかないで、また解きほごして、結び返しているものらしい。
当人よりも、それを見ている兵馬が、もどかしがって、二三間小戻りをして来て、昼のような月明に、当の女の足もとを篤《とく》と透《す》かして見ました。
「そんな手つきじゃ、駄目駄目」
兵馬は、ついにうつむいて、自分の手を女の足もとにかけて、その草鞋の紐を受取ってしまいました。
「済みません」
女は手を束《つか》ねて、兵馬のなすところに信頼している。
「それ、ここをこうしてち[#「ち」に傍点]にかけて、それから後ろで綾《あや》に組んで、前でこう結ぶのです。こんなことをしていた日には、一町も歩けば、横に曲ってしまう」
草鞋の紐を結ぶということは、あながち、先輩長者に向ってすることだけではないらしい。やんちゃな、扱いの悪い、弱者に対して、そうしなければ道が行けないためしもあるに相違ない。
兵馬は、こくめいに、この女のために草鞋の紐を結んでやりました。
「どうも有難うございました、穿《は》き心がすっかり違いますわ」
女は菅《すげ》の笠をかぶって
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