こと言わないようにして下さいよ」
「本当のことを言っているのでございます、私には、火事の火の色は見えませんけれども、心の火の色が見えます」
「今は、そんなことは言わないで頂戴」
「そうして、お嬢様、あなたは、これからどこまでお逃げなさるつもりですか」
「そうでしたね、こんなに逃げたって仕方がありませんわね、それがどこまで逃げられるものでしょう」
「わたしと一緒にお帰り下さいまし」
「まあ、ゆっくりしておいで、あの火事をごらん、まあ、なんて綺麗《きれい》な火の色でしょう」
 お銀様と、弁信は、もつれるように並んで歩きながら、広い竹藪《たけやぶ》の中の小径《こみち》を通って笹の間から、チラチラと見える火の勢いがようやく盛んなのを前にして、やがて藪を出ると、そこは、だらだら下りの小高いところになっていました。
 欅《けやき》の大木を横にして、いま盛んに焼けつつある大火を見ると、お銀様が踏みとどまって、
「弁信さん、母屋《おもや》が焼けていますよ」
 弁信もまた、その小高いところに踏みとどまっている。小さな姿いっぱいに、火の色が照り返しています。
 小づくりな、色の白い弁信の姿が、この時は紅玉
前へ 次へ
全373ページ中347ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング