ございましょう、正しく物をみることの余裕を奪われたその瞬間から、憤怒の炎が吹き出して参るものでございます。雑念、妄想の世界を離れて、空無相の本体をごらんになれば、そこに怒るべき我もなく、怒りを移すべき人も無いはずではございませんか――」
弁信のひとり言は、ここで一段落になったけれども、言葉が終ると共に、弁信の鋭敏な頭のうちに、お銀様というものの姿がありありと現われました。
弁信は、お銀様というものには少しも悪意を持っていないのです。悪意を持つべきいわれもありませんけれど、親しく生活して、たがいに打ちとけ合ってゆくうちに、お銀様という女の人の性格に、非常にいいところのあるのを、何人よりも多く発見しているのが弁信であります。家の者全体が、その父親でさえが、腫物《はれもの》にさわるようにあしらっているお銀様という人を、弁信のみが、寛宏《かんこう》な、鷹揚《おうよう》な、そうして、趣味と、教養の、まことに広くして、豊かな、稀れに見る良き女性だと信じ、且つ親しむの念を加えてゆくことができるというのが、不思議です。
しかし、お銀様自身は事毎《ことごと》に弁信に向って、自分の形相の、悪鬼|外道
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