が、現在のあなたの総《すべ》てを亡ぼしてしまうのみならず、過去の功徳《くどく》をも、未来の果報をも、みんなその怒りの一念が、焼き亡ぼしてしまうのでございます、怖ろしいことではございませんか」
と言って弁信法師は、また立ちどまって、戦《おのの》きました。
「その瞋恚《しんい》というものは……」
 弁信は見えぬ眼を上げて、高く、暗黒の空の一辺をながめ、
「瞋恚というのは、十種|煩悩《ぼんのう》の一つでございまして、また三毒の、その一つでございます。ひとたびこの煩悩の虜《とりこ》となり、この悪毒に触れまする時は、賢者も愚者となり、英明の人も混濁《こんだく》のやからとなり、英雄も弱者となり――数千劫《すせんごう》の功徳を積んだ聖僧でさえも、一朝の怒りのために、積薪を焼くが如く、その功徳を亡ぼしてしまいます。されば三界のうち、色界《しきかい》、無色界の二つの世界には、その怒りというものが無く、ただ欲界散乱のところにのみ、その怒りがあるのだそうでございます……千劫の間、積みたくわえた布施《ふせ》も、供養《くよう》も、善行も、一瞋恚の火によって、茅《かや》の如く焼き亡ぼされるということを、釈尊もお示
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