の役人たちです。
「先生は、上方見物の道中と、承ったが、苦しからずば、これより尾州名古屋へ道をお枉《ま》げになって、それから東海道方面を、上方上りをなされてはいかがでござる、尾州名古屋を一見なさるお志がござらば、われわれどもぜひ御案内を致したい」
これを聞いて道庵先生が、一途《いちず》に賛成をしてしまいました。
これはもとより、その志であったのです。先輩の弥次郎兵衛、喜多八が、東海道中膝栗毛なんぞと大きい口を利《き》きながら、源頼朝が生れ、太閤秀吉が出で、金のしゃちほこがあり、名古屋味噌が辛《から》く、宮重大根《みやしげだいこん》が太いところの尾張の名古屋を閑却しているのを、ヒドク憤慨していたところですから、一議におよばず、この勧誘に応じて、一行と共に尾張名古屋に乗込むことに相定めました。
三十
どこから来るともなく、真暗いところの真中で、弁信法師の声、
「モシ、お嬢様――」
と呼んで、暫《しばら》く休みました。
ここで、弁信がお嬢様と呼んだのは、それはお銀様のことでしょう。しかし、ここにはお嬢様の姿も見えないし、暫く待ってみても、その返事がないのですから
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