「まあ、この赤い櫛を一つお買いなさんし、これがのし、負けて六十四文にしてあげませず[#「あげませず」に傍点]」
「おいらは、櫛は買いてえと思わねえんだ、おいらが櫛を買ったって、始末に困らあな」
「まあ、そうおっしゃらず。こちらにも三ツ櫛のいいのがござんさあ」
「人柄を見て物を言いな、櫛を買うような人間には出来ていねえんだぜ」
「それでは、おかみさんへのおみやげに」
「ばかにしてやがら、おかみさん面《づら》があるか」
かくて米友は、また一散《いっさん》に走りました。
なんとしても、水が上へ流れないように、上方《かみがた》へ上る約束で来た道庵先生が、東へ向くはずがないから米友は、その点は安心して、木曾街道の要所を、わき目もふらずに走りました。
走りながら様子を聞いてみると、それは往々、程遠からぬ時間の間に、尋ねるとおりの人が、この街道を通った形跡は確かにある。
やや、安心した米友は、ついに二里半を飛んで、上松の駅まで来てしまいました。
そうして、碓氷峠《うすいとうげ》の上の駅でしたように、その駅のほとんど一軒一軒について、たずねてみると、あるところでは相手にされないが、あるとこ
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