ろではかなり要領を得ることになる。
結局、とある酒店で、持参の瓢箪《ひょうたん》の中へいっぱい清酒を詰めさせた客人があるという手がかりがあって、それから問いただしてみると、それは多分|件《くだん》の一瓢を携えて寝覚《ねざめ》の床《とこ》へおいでになったのだろうとのことです。
「寝覚の床というのは?」
米友から問い返されて、かえって、尋ねられたものが驚きました。
木曾を歩きながら、木曾第一の眺望、寝覚の床が頭の中に無いという旅人も珍しい。この男は、何のために木曾道中をしているのだかわからないと驚きました。
事実、米友は、風景をながめんがために旅行をしているのではないとはいいながら、沿道の風景を無視していることがかなり甚《はなは》だしい。道庵は道庵だけに、軽井沢の夕暮の情調を味わうことも知っていれば、浅間の湯治場の祭礼気分に、有頂天《うちょうてん》になるほどの風流気もあるし、木曾路へ入ってからでも、夜間、暇を見ては読書もするし、かなり四角な字を並べたり、色紙《しきし》、短冊《たんざく》を染めてみたりしているのですが、米友にはそれがない。
現に、この福島から、上松に至るの間には木曾
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