き上って、帯を締め直して、そうして、徐々《そろそろ》と足を運んで、やおら、その隣室の襖《ふすま》へ手をかけてみると、存外、具合よくスラリとあきました。
「今晩は」
といって、そのスラリとあいた古い襖の間から、ぬっと面《かお》を突き出して見ると、そこですすり[#「すすり」に傍点]泣いていたのは、極めてあたりまえの、百姓|体《てい》の五十男がただ一人、煙草盆を前に置いて、うす暗い行燈《あんどん》の下で、しきりに涙を流しているだけのものであります。
「いや、今晩は、どうも」
 先方は、突然の訪問を受けてかなり狼狽《ろうばい》した体《てい》で、いずまいを直して、道庵先生の方に向き直り、極めてていねいに挨拶をしましたのを、道庵は立って、ぬっと面を突き出したままで、
「お前さん、さいぜんから聞いていれば、しきりに泣いておいでなさるようだが、何が悲しくって、そんなに泣いておいでなさるんだね」
「はい、まことにお耳ざわりになって、申しわけがございませんでございます」
と、その男は道庵の方に向いて、恐る恐るおわびのお辞儀をしますと、
「お前さん、いい年をして、泣くほどの切ないことがあるなら、まあ物はため
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