あります。
 しかし、後ろから音もなく、与八の首へ縄を巻きつけたその人とても、必ずしも与八をくびり殺そうとして、そうしたわけではなく、この際、与八に声を立てられることを怖れての非常手段と見えますから、あちらからいえば、正当防衛の一手段に過ぎないかも知れません。大へんおとなしく、素直に与八を引き寄せて来て、
「声を立てないでおくんなさいね、少しの間、ここへ、私を隠しといて下さい、たのみますよ」
 その人が、与八を引据えるようにして、自分もそれと向い合って、炉辺に坐りこんでしまったのを見ると、与八には馴染《なじみ》とはいえないが、珍しくもない裏宿七兵衛でありました。与八は、恐怖と、驚愕と、それから与八にしては珍しい幾分の叱咤《しった》の気味で、
「お前さん、どこの人だか、不意にはいって来て失礼じゃねえか」
 ゆるめられた縄の下から、与八がこう言いました。七兵衛は騒がない声で、
「どうも済まなかった、かんべんしておくんなさい。実は今そこで、おそろしく強い狂犬《やまいぬ》に出逢《であ》ったものだから、逃げ場を失って、こんな始末さ。なにも、お前さんを苦しめようのなんのというのが目的じゃねえんです
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