ないすきに、その人の形は、この水車小屋のいずれを見廻しても、認むることができないのであります。
「誰だい」
 与八は片膝を立てながら、四方《あたり》を幾度も見廻して、呼びかけてみたが返事がありません。返事がないのみならず、ほとんど人の気配《けはい》がないのであります。
 果して人間が入って来たものならば、そのいずれに隠れたにしても、多少の間は、空気の動揺というものが残らなければならないはずでありますが、物音のしたすきまに、その空気の動揺が消え去ったのは――或いは全く空気を動揺せしめずして、身体だけを運行させたもの――それは煙か、幽霊かでなければできないことのように思われますけれど、いま入って来た人は、入って来た人があると仮定して、その人は、たしかにそれを行なっているもののように思われます。
 それですから、与八はそこに自分の耳を疑いました。ははあ、これは自分の空耳《そらみみ》だな、犬が吠えて、非常が暗示されたものだから、疑心暗人というようなわけだろう。しかし、戸があいたには確かにあいた。戸があいて、そうして同時に締められるには確かに締められたはずだから、どうもあきらめきれないで、立ちあ
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