かせ申す、というわけでもなく、素直にそのさわり[#「さわり」に傍点]のアンコールを繰返すところは、たあいないものです。
「それから……」
 竜之助がそのあとを所望すると、
[#ここから2字下げ]
あんまりむごい治兵衛さま
なんぼお前がどのような
せつない義理があるとても
二人の子供は
お前なんともないかいな……
[#ここで字下げ終わり]
 ここへ来て、お雪ちゃんがどういうものか、しくしくと泣いて、あとがつづけられなくなりました。竜之助は憮然《ぶぜん》として、もうそのあとを所望はしません。
 お雪ちゃんは、どうしたものか、とうとう縫取りを投げ出して、炬燵《こたつ》の上にうつぶしになって、聞えるほどの声を出して泣いてしまいました。
「どうしたの……」
「二人の子供は、お前なんともないかいな……というところで泣けました、泣けて泣けて、仕方がありません」
 お雪ちゃんは、わっと泣いてしまいました。この娘が近頃、感傷的になっているというのは、多分こんなところをいうのでしょう。
 三界流転《さんがいるてん》のうち、離れ難きぞ恩愛の絆《きずな》なる――といったような、子を持った親でなければわからない
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