、さしもの三味線がやみました。誰も御苦労さまというものもなく、もう一段と所望する者もない。
 一息入れてまた弾き出すかと思うと、それで全く一段の終りです。
「お雪ちゃん、今のを、もう一ぺん歌ってごらんなさい」
と竜之助が言いました。
「でも……」
 お雪ちゃんがハニカミながら、
「あのイヤなおばさんが、よくこれを語りますから、わたしもつい覚えてしまったんですもの……それに浅吉さんもなかなか上手でしたわ、どうかすると、三味線もよく弾いていました」
「感心なものだ」
「泣かしゃんせ、泣かしゃんせ……あそこのところがなかなかようござんすね。あのイヤなおばさん、あんな様子をしていながら、いい声でしたよ。どうかすると、わたしたちでさえほれぼれするようないい声を出して、あのさわり[#「さわり」に傍点]を語りました」
 お雪ちゃんは相変らず余念なく、縫取りの針を運ぶように見せながら、
[#ここから2字下げ]
それほど心残りなら
泣かしゃんせ
泣かしゃんせ
その涙が
蜆川《しじみがわ》へ流れたら
小春が汲んで
飲みゃろうぞ
[#ここで字下げ終わり]
 別段得意にもならないで、たのまれたから繰返してお聞
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