べかわ》をこしらえて、あなたに差上げようという気になったものですから、つい……」
といって、お雪ちゃんは、片手には縫取りをかかえ込み、片手にはお盆に載せた安倍川をどっさり持って来たものです。
「一つ召上れ」
「これは御馳走さま」
竜之助は起き上りました。
そこで、炬燵櫓《こたつやぐら》の上で、二人はお取膳《とりぜん》の形で、安倍川を食べにかかりました。
竜之助は、これは無邪気なものだと思いました。これが、「何もございませんが、一口《ひとくち》召上れな」と言って、お銚子《ちょうし》と洗肉《あらい》をつきつけられたところで、いやな気持はしないが、わざわざ安倍川をこしらえて来て食べさせるところが、お雪ちゃんらしいなと、竜之助も人間並みに、その御馳走が有難く見えたのでしょう。
二人はこうして、さし向いで安倍川を食べながら、お雪ちゃんが、しかけて置いた鉄瓶の湯を急須《きゅうす》に注ぎました。
安倍川を食べてしまうと、お雪ちゃんは縫取りを取り出して、例の胡蝶の模様を余念なく縫い取りにかかりました。
その時分とても、下の三味線はいよいよ興に乗るので、針を運ぶお雪ちゃんの気もときめいて、
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