からないのみならず、玄人《くろうと》でない限りは、その弾く手と節の変りを、いちいちそうていねい[#「ていねい」に傍点]に説明するわけにはゆくまいではないか。
 ただ、弾き手自身は、よほど三味線そのものに興味を持っているところへ、思いがけなく、その好物を探し当てたものですから、ことに、無聊至極《ぶりょうしごく》に苦しみきっているためでしょうから、ふるいつくように三味にくいついて、自分の知っている、有らん限りの手という手を、弾きぬいて見る気かも知れません。竜之助とても、それを聞いて悪い気持はしない。太棹《ふとざお》は、やっぱりこのくらい離れて聞いた方がいいな、ことに、なまじいな太夫が入らないのがいい、三味線だけがいい――と、多少の好感を持つことができたのは幸いです。
 そこで、いつのまにか長煙管もほうり出して、肱枕《ひじまくら》になって、やはり、いい心持で弾《ひ》きまくっている三味線を聞いているところへ、ようやくのことにお雪ちゃんが戻って参りました。
「お待たせ申しました」
「長いじゃないか」
「でも、火をおこしますと、あんまりよくおこって勿体《もったい》ないものですから、これで安倍川《あ
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