いきょう》かも知れません。
 このごろは始終|丸髷《まるまげ》です。丸髷を粋向《いきむ》きにこしらえてみたり、奥様風に結わせてみたり、それがまた見られる時は見られるように撫でつけてみたり、乱れた時は乱れたようにさわってみたりして、自然の容色のまだ衰えないことを、ひとり悦《えつ》に入《い》っているようです。
 容色の衰えないことは、全くその己惚《うぬぼれ》の通りといっていいでしょう。時によっては、以前よりはいっそう水々しく、つやっぽく、仇《あだ》っぽく見えることさえあるのですが、どうかすると、年は争えないものだという引け目を、自分ながら強く感じ出して、化粧刷毛《けしょうはけ》を投げ出して、といきをつくこともないではありません。
 切髪は、とうの昔に廃業して、ちかごろでは丸髷専門と言いつべく、丸髷が至極お気に入りの様子で、その結いぶりがヒドク気に入った時は、その場で声を立てて主膳を呼ぶことがあります。主膳を呼んで、さも誇らしげに、髷形をゆすって見せて、その賞讃を得ることを、子供らしく喜ぶことなどもあるのであります。
 だが、しかし、このごろは、あれにも、これにも、倦怠《けんたい》の色を隠す
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