「なあに、その西郷どんというのは、あけっぱなしのすき[#「すき」に傍点]だらけでしたが、そばに附いているのに物すごいのがいました、うっかり手出しをしようものなら、あいつに斬られてしまいます――それは西郷のお側《そば》去らずで、中村半次郎という男だということをあとで聞きました」
 中村半次郎は後の桐野利秋《きりのとしあき》であります。この男が周囲にあるがゆえに、西郷の身辺に近づき難いということは、さもありそうなことです。
 そんなようなわけで、七兵衛もいいかげんに見切りをつけて、長追いをしなかったものと見えます。
 しかし、前後の行きがかりから、薩摩屋敷なるものの、危険の巣であって、必ずや、そこが火元になって、江戸中を焼き払うの時があるべきことを迷信し、その火つけの総元締が、西郷吉之助であることも充分に想定し、自然、江戸が薩摩を焼かなければ、薩摩が江戸を焼く、といったような結論をつけて、七兵衛なりに、主膳に語り聞かせますと、主膳も相当にうなずいて、
「薩摩と、長州は、本来、江戸には苦手なんだからな。関ヶ原以来の宿怨《しゅくえん》といったようなものがついて廻るからな。あの時に、長州をして
前へ 次へ
全373ページ中193ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング