び寝床の中へもぐり込みましたが、蝋燭《ろうそく》を消そうともせず、暫く仰向けに寝そべっていたが、そのままで手をのばして、例の写真を取り上げて、やはりその仰向けに寝たままで、それを冷静にながめ入りました。
ここで、この際、こんな写真を見せられようとは思わなかったのでしょう。有ると知ったら、見ない方がよかったのでしょう。でも、不意に現われて、不意に見せられてしまった以上は仕方がない。
これぞ、かつて、自分の最愛の妻であった人の面影《おもかげ》。
十八
神尾主膳は、今朝《けさ》は日当りのよい窓の下で、しきりに入木道《にゅうぼくどう》を試みていました。
これが、閑居のうちに、神尾主膳が善を為《な》すの唯一のことかも知れません。
朝の気分のいい時を選んで、会心の法帖を摸するの快味を味わう瞬間だけは、神尾主膳にも本当な清純な興味に、我を忘るる殊勝な色が面《おもて》にただよいます。
今も、専心にそれをやりながら、ふと筆を休めて、半ば開いて置いた窓から、庭の方を見ました。
竹林の風情《ふぜい》も面白いと思いました。掘ぬきの井戸から引いた泉水の流れも、今日は特別に気持
前へ
次へ
全373ページ中171ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング