、寝台の傍の燭台まで持って来て、それを開きはじめました。
「海竜――スネーク――ドラゴン」
と呟《つぶや》きながら、その書物を繰り返しているところを見れば、執念深いこと、この人はまだ海竜の未練が取去れないと見え、いったん、横たわった褥《しとね》を蹴って、そのことの取調べにかかったものと見えます。
一冊――二冊――三冊ばかり、その部厚の洋書を抱えこんでは燈火の下まで持って来たが、三冊目のあるところのページを翻す途端に、バッタリと下に落ちたものがありました。
なにげなく、その落ちたのを取り上げて見ると、駒井甚三郎の面《おもて》に隠すことのできない不快の色が、さっと現われました。
「ちぇッ」
危なくその物を床板の上に落そうとして、自分ながらその軽率を悔ゆるかのように、台の上へ静かに置いたのは、それは一個の婦人を現わした一枚の写真であります。
その写真は、そこへさし置いて、またも辞書を繰って、その数カ所を読んでみましたが、相当の当りがついたものか、三冊の辞書は、以前のところへ元通りに納めてしまったのに、取り出した写真のみは、依然として枕許《まくらもと》の台の上へ置きっぱなしで、自分は再
前へ
次へ
全373ページ中170ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング