振って、その髪の毛をグルグルと結ぼうとする途端の拍子に、
「おや!」
と波の間をながめました。どうも人の声がしたようです。それは陸上でしたのではなく、海の中で、そうでなければ海の上の、あまり遠くないところで、人の声がしたようですから、髪の毛を後ろで持ったままで、立ちすくみました。
「おばさあーん」
 波が行って戻るリズムにつれて、その声が二度、海の上から聞えました。二度まで聞えたのだから、まさに本物です。しかも、二度目のは、前よりも、ズット近い、自分の足もとから二間とは距《へだ》たらないところから聞えたものですから、きっと、その方を見ると、
「おや!」
 さしもの、真黒な肉塊の海女がふるえ上って、後ろでつかんでいた髪の毛の手を放し、大童《おおわらわ》で、二度とは、その声のした方を見返らずに、一目散《いちもくさん》に陸《おか》へ走《は》せあがってしまったのは不思議です。
 陸へ走せあがると、置き据えた石塔も、焚き残した卒塔婆《そとば》の火も、一切忘れて、ぬぎ放しにした衣類だけを引っかかえて、まっしぐらに逃げ出したのも道理。
 海女が立っていた近くの海上には、世にも怖るべき海獣が一つ、漂う
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