お願い申してみよう。憐れながんりき[#「がんりき」に傍点]に、水を一杯恵んでやっておくんなさいまし」
イヤに哀れっぽい声を出して、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が所望する水一杯を、誰も相手になって、恵んでやろうとするものは無いらしい。がんりき[#「がんりき」に傍点]は、口の中をしきりにつばでうるおしながら、
「ねえ、水を一杯……水を一杯飲ませてやっておくんなさい、御当番の旦那」
だが、御当番の旦那といわれた辻番の足軽は、最初から受附けず、やむなくがんりき[#「がんりき」に傍点]は往来の者を見かけて、
「済みませんが、水がいけなければ御当所名物の梅干を一つ、梅干をたった一つだけ、心配していただきてえんでございます」
その無心をも誰も、相手にする者はない。
そこで、がんりき[#「がんりき」に傍点]が、荒っぽい声を出して、
「やい、水だい、水を一杯欲しいんだい、一杯の水が飲みてえんだ、小田原というところには、人間に飲ませる水がねえのかい、いま、死んで行く罪人にも、末期《まつご》の水てえのがあるんだぜ、もっそう桶に竹のひしゃくで……」
ちょうど、この時分、女軽業のお角は、よう
前へ
次へ
全373ページ中110ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング