気が絶えている。
 この人は、長い間、こうして火のない炬燵によりかかって、うつらうつらとしているのだ、かわいそうに……
 お雪ちゃんは、済まない心持になって、炭取を下に置くと、十能だけを持って、自分の部屋へ取ってかえしました。そうして、自分の炬燵から火種をうつそうとしてみたが、これもあいにく、小指ほどの塊《かたまり》と、蛍ほどのが総計五個もあるぐらいで、とてもこれでは、他の火勢を加える足《た》しにならないとあきらめて、でも、その五個ばかりの火を、丹念に十能の上に置いたまま、その十能を大事に持って、三階の梯子段を下におりてゆきました。土間の炉辺まで行って、烈々たる炭塊を十分に持ち来らんがためであるに違いない。
 残された竜之助は、この時、クルリとこたつ[#「こたつ」に傍点]の方へ向き直って、やぐら[#「やぐら」に傍点]の上へ両肱《りょうひじ》をのせて、てのひらで面《かお》をかくして、じっとうなだれてしまいました。
 こうしている姿をごらんなさい。心は無心でも、姿そのものが何を語っているか。
 ああ、おれはもう、生きることに倦怠した……とうめいているのか。
 生きていることが不思議だ……と呆《あき》れているのか。
 いやいや、おれはまだまだ生きる。自分が生きるということは、つまり人を殺すことだ……何の運命が、何の天罰が、この強烈なる生の力を遮《さえぎ》る……と叫んでいるのか。
 さりとは長い長夜《ちょうや》の眠りだ。もういいかげんで眼をさましたらどうだ。
 いつの世に永き眠りの夢さめて驚くことのあらんとすらん――と西行法師が歌っている。誰か来《きた》って、この無明長夜《むみょうちょうや》の眠りをさます者はないか……かれは、天上、人間、地獄、餓鬼、畜生に向って、呼びかけているかとも見られる。
 その時、お雪ちゃんが火を持って来ました。それを上手に組み合わせて、自然に、おこるようにして置いて、灰をかけ、蒲団《ふとん》をかぶせて、お雪ちゃんも、多少遠慮をして、炬燵の一方に手をさし込んであたりながら、
「先生、これからは、もう当分外へ出られません。おひとりでこうしておいでになって、淋しいとは思わない、つまらないとはお思いになりませんか」
「思ったって、仕方がないじゃないか」
「仕方がないっていえば、それまでですけれど……わたしはほんとうに、あなたをかわいそうだと思うことがありますのよ」
「思うことがあるだけじゃつまらない、いつでも思ってくれなくちゃあ」
「でも、怖いと思うこともありますのよ、憎らしいと思うこともありますのよ……そうしてどうかすると、心からかわいそうだと思って、涙をこぼすこともありますのよ。どれが、本当のあなたの姿だか、どれが本当のわたしの心だか、これがわからなくなってしまいます」
 お雪ちゃんはこういっているうちに、またなんとなく悲しくなりました。
 しかしまた気を引立てて、
「先生、きょうは一日、お傍でお話をお聞き申しとうございます。お邪魔にはなりません……お邪魔にならなければ、わたし、自分の部屋へ帰って縫取りを持って参りますから、それをやりながら、ゆっくりお話を伺おうではありませんか」
 こう言って、お雪ちゃんはこたつ[#「こたつ」に傍点]から出て、自分の部屋へ縫取りを取りに行きました。
 その間に竜之助は、横になって、長いきせる[#「きせる」に傍点]をかきよせて、こたつ[#「こたつ」に傍点]の火を煙草にうつして、腹ばいながら一ぷくのみました。
 机竜之助は煙草を一ぷくのんでしまって、吸殻を手さぐりで煙草盆の灰吹の中に、ていねいにはたき、それから暫く打吟じて、二ふく目の煙草をひねろうとするでもなく、そのまま長煙管《ながぎせる》を、指の先で二廻しばかり廻してみました。
 何か縫取物をとりに行ったはずのお雪ちゃんが、存外手間がとれる。待ちこがれているわけでもないが、ちょっと行って、すぐ戻るはずの人が、存外時間をとるのは、多少共に気を腐らせるものです。
 来なければ来ないでいいが、来るといってそこへ出た人が、容易に来ないのは、人をじらすようにもあたる。お雪ちゃんという娘が、決して人をじらすようには出来ていないのだが、故意でないにしても、偶然であるにしても、女は人をじらすように出来ているのかも知れない。
 ところで、その間のちょっとした穴明きの所在に、竜之助は長煙管をカセに使っている。で、二三度クルクルと指の先で廻してみた長煙管を、今度はピッタリと自分の頬に当てて、ヒタヒタと叩いてみました。
 無論、これは寝ていての芸当で、そう食うほどに煙草が好きというわけではないから、自然、煙管の方が扱いごろの相手になります。
 ちぇッ、長い煙管がどうしたというのだ。
 ふと、かれの眼前に、都島原の廓《くるわ》の里が湧いて出でました。
 島
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