往々、物をいい、手を動かすと、すっかりボロの出るものでも、仔細ありげにだまってさえいれば、意外なかいかぶりをされるものがあるものです。
 本人はその時分は、もう自分がいま見つめている絵のことなどは眼底から飛び去ってしまって、昨夜の城内の光景が、まざまざと頭のなかに浮び出でて、われを忘れていたのですが、その瞬間、「ハッ」としてわれに返ったのは、今まで人の気《け》というものはなかったところへ、さりとは、あまりに荒々しい戸のあけ方でありました。

         七

 その物音で、すっかり空想をブチこわされた七兵衛。
 夢から醒《さ》めたような顔をして、きょとんとその入口の方を見てあれば、そんなことはいっこう御存じなしに、数多《あまた》の人足が、店の土間へしきりにこも[#「こも」に傍点]包を投げ込んでいる。
 鮭のこも[#「こも」に傍点]包にしては長過ぎる。土間へ当りの響きで見ると、金物であるらしい。
 土間の左右へ人足がそれを積込んでいると、そのあとから抜からぬ顔で入り込んで来たのは、アツシを着た十五六歳の少年で、耳に仔細らしく矢立の筆をはさみ、左右に積み分けたこも[#「こも」に傍点]
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