、ケチな身上《しんしょう》ではやりきれない……そんなら実用向きというところで北斎はどうです、北斎の女は……
 無論、七兵衛はまだ壁の一枚絵を一心にながめてはいるが、上に述べたる如き批評眼があるわけでもなんでもないが、あまり一途《いちず》に、絵にばかり眼をつけているものですから、よそで見ると、どうしても、その絵の吟味、批評に取りかかっているとしか見えないのも無理がありません。
 ところで北斎は……北斎の美人はどうだ。あの男は、御存じの通り剛健な、達者なかき手だが、美人をかかせると艶麗なものをかくから不思議なものさ。芸者なぞをかかしても、なかなかいい芸者をかくし、筆つきに癖はあるが、女にイヤ味はないよ、頂戴してもいっこう不足はない……
 しかし、世話女房としては、何といっても豊広だね……。豊広――歌川派の老手で、広重の師匠だといった方が、今では通りがよいかも知れぬ。広重の美人画は問題にはならないが、豊広の女には素敵な味がある。おっとりした世話女房としての味では、この人に及ぶ者はない。これはまた、清長や春章とちがって、大どころでなければ納まって行けないという女房と違い、ずいぶん世話場も見せな
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