《だいぼさつ》が、この峰――今でいう大菩薩の峰――の上に一休みしたことがある。
 その姿を見かけると、富士と、八ヶ岳とが、諸声《もろごえ》で大菩薩に呼びかけて言うことには、
「のう大菩薩、下界の人にはわからないが、あなたにはおわかりでしょう、見て下さい、わたしたちの身の丈を……どちらが高いと思召《おぼしめ》す」
 かれらは、その日の力で、有らん限りの背のびをして、大菩薩の方へ向いた。
「おお、お前たち、何をむくむくと動いているのだ。何、背くらべをしている!」
 大菩薩は半空に腰をかがめて、まだ半ば混沌《こんとん》たる地上の雲を掻《か》き分けると、二ツの山は躍起となって、
「見て下さい、わたしたちの身の丈を……どちらが高いと思召す」
「左様――」
 大菩薩は、稚気《ちき》溢《あふ》れたる両山の競争を見て、莞爾《かんじ》として笑った。
「わたしの方が高いでしょう、少なくとも首から上は……」
 八ヶ岳が言う。
「御冗談《ごじょうだん》でしょう――わたしの姿は東海の海にうつるが、八ヶ岳なんて、どこにも影がないじゃないか」
 富士が言う。
「よしよし」
 大菩薩は、事実の証明によってのほか、かれ
前へ 次へ
全251ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング