で落したとはいえない。ろうそく[#「ろうそく」に傍点]は空しく手に残るが、それに点ずべき手段がない。
「何たるブザマなことだい、これじゃあ、一足も動けない」
「帰るに如《し》かず……」
「帰りもあぶないものだ」
 彼等は、暗い中で途方にくれているらしい。
 こうなっては、杖《つえ》を奪われためくら同様で、引返すよりほかはあるまいが、その引返しでさえ、うまく行くかどうか。
 しかし、それは案ずるほどの事はなかったと見えて、この四人の一行は、それから間もなく、無事に江戸城外へ抜け出してしまって、八官町の大輪田という鰻屋《うなぎや》へ来ていっぱいやっているところを見ると、七兵衛が推察通り、薩摩屋敷の注意人物に相違ない。
 この時は、無論、忍びの装束なぞはどこへかかなぐり捨てて、いずれも素面で、いっぱいやっているところは、何のことはない、丸橋忠弥を四人並べたようなものです。
「ほかのものはとにかく、摺付木《マッチ》をなくしたのが惜しい」
と忠弥組の一人、落合|直亮《なおすけ》がいう。
 その当時、長崎から渡って来たばかりのマッチは貴い。
「品物を手に入れて置いて、ろうそく[#「ろうそく」に傍点
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