してやれ、という気になりました。幸い、額をあつめて、絵図面の研究にわれを忘れているのがいい機会だ。
 そこで七兵衛は、彼等のうしろへ手を延ばして行って、まず、かぎ縄をそっと奪い取り、次にめいめいの革袋を、そっと引きずって来て、動静いかにとながめている。
 絵図面の上に一応の思案を凝《こ》らした一行は、いざとばかりに、ろうそく[#「ろうそく」に傍点]の火をふき消して立ち上ったのは、いよいよ早まり過ぎたことで、四方を暗くして後に、かぎ縄がない、燧袋《ひうちぶくろ》がない、あああの中に大切の摺付木《マッチ》を入れて置いたのだが――とあわて出したのは後の祭りであります。暗中で彼等はしきりに地上を撫で廻してダンマリの形をつづけたが、結局、ないものはない。
 さすがの大胆者どもも、顔の色をかえたことは、その語調の変ったことでわかっている。そのささやき具合の狼狽《ろうばい》さ加減でわかっている。かぎ縄は、まんいち途中で落したかの懸念もないではないが、摺付木に至っては、現在このところで、ろうそく[#「ろうそく」に傍点]に火をつけ、あまつさえ、その火を煙草にうつしてのんだではないか――申しわけにも、途中
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