ラクラと鉛のようなものに捲かれて、何か知らんが圧迫を感じたのが、自分ながら歯痒《はがゆ》いと言いました。
 そのうちに、右の女は榛《はん》の木の蔭に隠れて見えなくなってしまい、自分は早くも長兵衛小屋の下にたたずんでいたと言います。
 雲峰寺の炉辺《ろへん》で、雲衲《うんのう》たちに、武者修行がこの物語をすると、雲衲たちも興に乗って、なお、その女の年頃や、着物や、髪かたちなどを、念を押してみたけれども、本来、衣裳物の目ききなどにはざっぱくな武者修行のことであり、いちいち分解的に説明してみろといわれて、甚《はなは》だ困惑の体《てい》であります。ただ一言、透きとおるような美人、という形容のほかには持ち合せないのが、かえって一同の想像の範囲を大きくし、それは年増《としま》の奥様風の美人であったろうというようにも見たり、また妙齢の処女だろうと見立てるものもあったり、その衣裳もまた、曙色《あけぼのいろ》の、朧染《おぼろぞめ》の、黒い帯の、繻子《しゅす》の、しゅちんのと、人さまざまの頭の中で、絵を描いてみるよりほかはないのでありました。
 ほどなく、この炉辺の会話には、真と、偽と、事実と、想像との、
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