傍点]さえあればいなか廻りをして、古来伝えられた民謡と舞踊とを、調べて歩くのを楽しみにしていた。それをお松は、この場に思い合わせて、人間には教えることのほかに、楽しむことの大なる意味を見出し、趣味の方面に、また一つの窓が開かれたように覚えました。
獅子舞が済んだ時分に、与八が、ブラリとしてこの地蔵の庭へやって来ました。
それを早くも見つけた子供たちが、
「与八さんが来たよ」
「お人よしの与八さんが来たよ」
腰から下に、子供たちが群がったところを見ると、与八の巨躯《きょく》が、雲際《うんさい》はるかに聳《そび》えているもののようです。
「お人よしなんて言うのをよせやい、ねえ、与八さん」
あるものは、与八の帯に飛びつく。
「与八さん、今日は一人なの?」
女の子は、やさしく言う。
与八が一人で、ブラリと出て来ることは珍しいことであります。大抵の場合には、その背中に子供を負うて、左右には何かを携えている。それが今日に限って、背中にも子供がいないし、左右も手ブラですから、それが子供の目にもついたらしい。
「与八さん、いい着物を着て来たね、袂《たもと》があるのね」
これもまた珍しいこ
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