とです。与八がよそゆきの着物を着出すことも滅多にないことであるし、しかもその着物に袂までついた仕立おろしと来ているから、子供たちの驚異の的となるのも無理はありますまい。
 藍縞《あいじま》の、仕立おろしの、袂のついた着物を着た与八は、恥かしそうに、その巨大なる身体をゆるがせつつ動き出すと、無数の子供が身動きのできないほど、その前後左右に取りついてしまいました。
「与八さん、何かして遊ぼうよ」
 これは、単に子供たちの注意をひくのみならず、人並外《ひとなみはず》れた巨大な男が、子供の海の中を、のそりのそりとほほえみながら歩いている有様は、誰が見ても一種の奇観であると見えて、歩みをとどめて、手を額《ひたい》にして、その奇観を仰ぎ見ない大人もありません。
「与八さん、『河原の石』をして遊ぼうね、いいかい、みんな、ここで『河原の石』をして遊ぶんだぞ」
 与八は、早くも子供たちのために、杉の木の下の芝生の上へ押し据《す》えられてしまいました。
 与八を、杉の木の下の芝生の上へ押し据えてしまった子供たちは、あたりの小石を拾いはじめ、それで足りないのは、わざわざ河原まで下りて行って小石を拾い集め、そ
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