、正体を見届けて、その上で、という余裕から来る好奇《ものずき》も手伝ったと見えて、その武者修行が、
「どちらからおいでになりましたな」
と女に向ってものやわらかに尋ねてみたものです。そうすると女は、臆する色もなく、
「東山梨の八幡村から参りました」
ハキハキと答えたそうです。
「ははあ……そうして、どちらへおいでになりますか」
再び押返して尋ねると、女は、
「武州の沢井まで参ります」
「沢井へおいでなのですか」
武者修行は、わが刃《やいば》を以て、わが胸を刺されるような気持がしたそうです。
「はい」
女は非常に淋しい笑い方をして、じっと自分の懐ろを見入ったので、武者修行は、
「拙者もその沢井から出て参りましたが、あなたはその沢井の、どちらへお越しです」
三たび、その行方《ゆくえ》を尋ねました。
「沢井の、机竜之助の道場へ参ります」
「え?」
どうも一句毎に機先を制せられるようになって、武者修行は、しどろもどろの体《てい》となりましたが、
「あなたも、沢井の机の道場においでになりますのですか……実は拙者も、昨日あの道場から出て参りました」
「おや、あなたも沢井からおいでになっ
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