しなよ、いいかげんにして、一ぺえ飲んで寝なよ……」
 しつこく与八のそばへすりよって、とろんとした眼を据《す》えている酔いどれの姿を、ありありと見る気持。
「だが、与八さん、おめえは感心だよ、おめえの真似《まね》はできねえ……まあ、早い話がおめえは聖人だね、支那の丘《きゅう》という人と同格なんだね、聖人……大したもんだよ、だが、聖人にしちゃあおめえ、少し間《ま》が抜けてらあ……」
「なあに」
 与八は相手にならないで、藁をすぐっているらしい。
「だが、おめえ、聖人なんて商売は、聞いて極楽、見て地獄さ」
 与八が相手にならないでいると、一方は、いよいよしつこく、
「こちとら、やくざだから、聖人なんざあ有難くねえ」
といって暫く休み、いやに猫撫声《ねこなでごえ》で、
「ヨッパさん、おめえ済まねえが、いくらか持っていたら貸してくんねえか……」
 お松はそれを聞いて、またはじまったと思いました。
 梅屋敷の谷という船頭が、いつも、こんなことを言って与八をばかにしながら、いくらかせびりに来る。その度毎に与八が、ダニに食いつかれた芋虫《いもむし》のように窘窮《きんきゅう》するのを、ダニがいよいよ面
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