いのだか、間が抜けたのだか、わからないものですから一座があっけに取られ、やがてドッと笑い崩れました。たたかれた山案内のデコボコ頭がおかしかったからでしょう。
 それについて……仏典にこんな話がある。印度に一人の馬鹿野郎があって、ある時、親爺《おやじ》の額《ひたい》へ蚊がとまったのを退治てやるつもりで、有合せた丸太ン棒を取り上げ、馬鹿野郎のこととて、力をこめて親爺の額にとまった蚊をなぐったものだから、親爺もろともにナグリ殺してしまった……この話で一座がまた笑い崩れました。
 そこで、蚊の話が一座の話題の興味になると、例の一茶びいきの俳諧師が、
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蚊一つに施し兼ねしわが身かな
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 これは一茶らしい主観があっていい。皮肉にも、慈悲にも、同様に取れるところが一茶の身上《しんじょう》である。
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閑人《ひまじん》や蚊が出た出たと触れ歩き
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も自然のウイットがあって面白い。たくまずして気の利《き》いた状景をとらえたところが眼に見るようである。それに比べると、蜀山人《しょくさんじん》が、松平定信の改革を諷して、
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