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世の中に蚊ほどうるさきものはなし
文武といひて夜も眠られず
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は、露骨にして、下品で、野卑だ。
松平楽翁ほどの名政治家の改革ぶりを、蚊にたとえて、御当人得意がっているところが、自身の薄っぺらな腸《はらわた》を見せつけているようでイヤだ、という者もありました。
その通り……いったい、今のやつらはそれよりも、もっと皮肉が下等で、諷刺《ふうし》が糠味噌《ぬかみそ》ほども利かない。蜀山人などは江戸ッ子がって、ワサビのように利かしたつもりだろうが、その利かせるつもりが、鼻についていけない。
本当の諷刺や、皮肉は、自然にして、温雅にして、同情があって、洞察があって、世間の酸《す》いも甘いもかみ分けて、それを面《かお》にも現わさず、痒《かゆ》いところへ手が届きながら掻《か》かず、そうしてその利《き》き目が、時間がたつほど深刻に、巧妙に現われて来るものだが……本当の諷刺家がいないのは、つまり本当の批評家がいないのだ、というような議論になって、蚊一つの問題から、炉辺が異常なる緊張を示したのも、時にとっての一興でありました。
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