ら痛快である、征服の文字はいっこうさしつかえがない、という者がある。
 ハハハハと高笑いをして、富士山を征服したというから、おらあはあ、富士の山を押削《おっけず》って地ならしをして、坪幾らかの宅地にでも売りこかしてしまったのか、そりゃはあ、惜しいこんだと思っていたら、何のことだ、富士の山へ登って来たのが征服だということだから笑わせる……上へたかったのが征服なら、蠅はとうから人間様を征服している……と山の案内者が言いました。
 山の案内者は、近頃の征服連の堕落をなげき、高山植物などの、年々少なくなることをも怖れているらしい。
 その時、山の案内者のデコボコ頭に、燃えぼこりが一つたかりました。
 それを見ると、一人があわてて、
「あれ蚊が……」
といって、平手でピシャリとその男のデコボコ頭をたたきましたが、もとより蚊でありませんから、たたいた者、たたかれた者、共にあっけに取られ、見ていた者も、暫くはあいた口がふさがらないのは、思い設けぬ余興でありました。
 白骨の温泉場の今時分、蚊がいようと思うのがそもそも間違いで、よし蚊がいたからといって、平手でピシャリ打つまでのことはなかろうに、気が早
前へ 次へ
全251ページ中110ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング