たしは取返しがつきません。
わたしは、世間へ顔向けができません。わたしは、もう以前の無邪気な心で弁信さんに顔を向けることさえできません。
わたしの一生はこれから廃物《すたりもの》です。ああ、怖ろしい身の破滅が、わたしの身にふりかかって来たようです。
今まで生涯に全く覚えのない怖ろしさに、わたしの胸がおののきます。これを書いている筆のさきがふるえています。
わたしの顔の色は、土のように変っているに違いない。
弁信さん――
こんな事まで打明けますと、あなたはさだめし、わたしが温泉へ来てから、手のつけられないいたずら[#「いたずら」に傍点]者にでもなったようにお考えになるかも知れませんが、決して、そんなことはありませんのよ。
わたしは、どなたにも同じようにおつき合いをし、同じように可愛がられて、少しもみだらなことに落ちた覚えはありませんのに……
もし、わたしが身重《みおも》になったら、世間は何と言うでしょう……
なお、わたしが父《てて》なし子《ご》を生んだというようなことが、仮りにでも本当でしたら、怖ろしいことではありませんか。わたしの罪も二重になり、わたしの不幸も二重になるではありません
前へ
次へ
全251ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング