たという話。
 しかし、この炉辺閑話の仲間のうちに一人、机竜之助の幼少時代を知っているものがあるということで、また榾火《ほたび》があかく燃え出しました。
 それは雲衲《うんのう》の一人。年頃も机竜之助と同じほどのおだやかな人品。竜之助とは郷を同じうして、おさななじみであったとのこと。
 武者修行が、そのいとぐちを聞いて勇みをなし、膝を進ませて、それを引き出しにかかると、雲衲は諄々《じゅんじゅん》と語り出でました、
「あの人のお父さんがエラかったのですね、弾正様と言いました。どうして、なかなかの人物で、まあ、あのくらいの人物は、ちょっと出まいといわれたものですが、惜しいことに、病気で身体《からだ》が利《き》きませんで、寝《やす》んでばかりおいでになりました。そのうちに竜之助さんが悪剣になってしまったと、こう言われていますよ。お父さんさえ丈夫ならば、どうして、どうして、竜之助さんは、あんなにはならなかったろうと、誰もそう言わないものはありません」
「ははあ、お父さんという人が、そんなエラ物《ぶつ》だったんですか」
「まあ、身体さえおたっしゃなら、日本でも幾人という人になって、後の世に名を残
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