す。
「あ、与八さん、動いちゃいけないよ」
と言ったけれども、生きているものを、いつまでも動かせないでおくということは無理である、圧制である、ということが、さすがに子供らにも気兼ねをさせたと見えて、
「与八さん、窮屈だろう、もう少し辛抱しておいで、ね……」
しおらしくも、慰めの言葉を以て、その労をねぎらおうとする者もある。
見物人は――見物のうちの大人です――皆、その事の体《てい》を見て失笑しないものはないが、なかには見兼ねて、
「みんな、いいかげんにしな、与八さんだって苦しいよ」
そこで、この恬然子《てんぜんし》は解放されることになりました。
その時分、ちょうど、河原で花火が揚り出したものですから、子供らは、与八の周囲に積んだ石を取払い、今まで下積みにしたお礼心でもあるまいが、大勢して、与八を胴上げにして河原まで連れて行って上げようと言い出し、与八の身体《からだ》につかまって、それを持ち上げようとしたけれど、彼等の力では、どうしても与八を担《かつ》ぎ上げることが不可能だとあきらめたものと見え、ワッショワッショと与八のずうたいを後ろから、ひた押しに押して、河原の方へ押し出して行きました。
子供らのなすがままにまかせて、自分から河原へ押し出して行く与八。渡し場のところへ来て、土俵に腰をかけていると、
「与八さん、これを上げるから、お食べ」
五十か百もらって来たお小遣《こづかい》のうちから団子を買い、その二串を分けて与八の前に捧げた子供がありました。
それを見ると、ほかの子供が負けない気になって、物売店へ行って、三角に切って、煮しめて、串にさしたこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]を買って来て、与八の前へ持ち出し、
「与八さん、これをお食べ……」
自分が一本食いつつ、一本を与八にわかとうというのであります。
そうすると、ある者は氷砂糖を買って来て、それを蕗《ふき》の葉に並べて与八に供養し、ある者は紙に包んだ赤飯をふところから取り出して、
「与八さん、お食べ……」
子供たちは与八の膝の上と、あたりの石の上と、土俵の上に、そのおのおのの供養の品を並べ立てました。与八は、実に有難迷惑そうな顔をして、これはこれはと言ったなり、どれに手を下していいかわかりません。そうすると一人の子供が、お団子の一串を目よりも高く差し上げ、
「与八さん、遠慮しないでお食べ、わたしが一番先に上げたんだから、あたしのあげたお団子から先にお食べ……」
とすすめると、一人が、
「どれから先に食べたっていいじゃないか、ねえ、与八さん、与八さんの好きなのから先にお食べ、お団子でも、てんぷらでも、お赤飯《こわ》でも、かまわないから、遠慮しないでたくさんお食べ……」
与八も、この御馳走には痛み入ったようです。
「どれでもいいから、与八さんの好きなのから先に食べさせることにしようじゃねえか」
と、一人が言います。
「そりゃそうさ、先に出したから、先に食べなくってはならねえときまったわけじゃねえ、与八さん、お前の好きなのから先にお食べ……」
本人の趣味を無視して、御馳走を食べることの前後にまで干渉するのはよくない、と主張する者もあります。
よんどころなく、与八は串にさしたお団子を取って食べました。
「そうら見ろ、おいらの出したのから先に食べた。与八さん、うまいだろう」
「うん」
「そうら見ろ、うんと言った。うまけりゃ遠慮なしに、モットお食べ……」
子供たちは、なけなしの小遣《こづかい》で買った団子のすべてを提供して、悔いないような有様です。
「与八さん、この鯣《するめ》も食べてごらんよ、お団子ばかり食べないでさ……」
「いけねえやい、今度は、おいらのあげたてんぷら[#「てんぷら」に傍点]を食うんだぞ、てんぷらを――」
「静かにしろよ、与八さんの好きなのから先に食べさせるんだといってるじゃねえか」
「与八さん、モットお団子をお食べ。まだ三串あるよ……」
「与八さん、お団子を食べてしまったら、あたいのお強飯《こわ》を食べて頂戴な……」
ふところから、破れてハミ出した赤飯の紙包を持ち出したのは、五ツ六ツになるお河童《かっぱ》さんの女の子であります。
「いけねえやい」
十二三の悪太郎が、無惨《むざん》にも、そのお河童さんを一喝《いっかつ》して、
「いけねえよ……おめえのお強飯《こわ》は食べ残しなんだろう、自分の食べ残しを、人に食べさせるなんてことがあるかい、人にあげるには、ちゃんとお初穂《はつほ》をあげるもんだよ、お初穂を――食べ残しを与八さんに食べさせようなんたって、そうはいかねえ……」
悪太郎から一喝を食って、無惨にもお河童さんは泣き出しそうになると、同じ年頃の善太郎が、それをかばって言うことには、
「いいんだよ、与八さんは、残り物でもなんでも悪い
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