白半分になぶる。
 今も、いい気になって管《くだ》をまき出したのを、にがにがしい思いで聞いていると、ダニはいよいよ乗り気になって、聞かれ果てないことをしゃべり出しました。どことかの後家さんをなぐさんでやって、このごろでは毎晩のように通っているが、はじめは口惜《くや》しがって、おれのつらを引掻《ひっか》きやがったが、今では阿魔《あま》め、おれの行くのを待遠しがっていやがる、そうなってみると、焼杉《やきすぎ》の下駄の一足も買ってやらなきゃあ冥利《みょうり》が悪いから、いくらか貸してくんな、おめえが持っていなけりゃお嬢様におねげえして、いくらか貸してくんなと、声高《こわだか》になる。
 何だいべらぼうめ、女をこしらえちゃ悪いのかい、女をこしらえねえような奴は、人間の屑《くず》だい……というような悪口も聞え出す。
 浄土の連想も、経文の柔軟も、あったものではない、ダニといわれた船頭の悪口で、すっかりかきまわされる。
 お松は、どうしても自分が出なければならないと思いました。こういう際の取扱いは、いつもお松が当ることになっていて、与八ではどうしても納まりのつかないのが例であります。
 縫物を押片づけたお松は、そのまま道場の方へと歩んで行きました。
「谷蔵さん、今晩は……」
「これはこれは、お嬢様」
 お松のことを、誰いうとなくお嬢様で通っている。お松が現われると、すっかり谷蔵の機鋒《きほう》が鈍《にぶ》ってしまうのが不思議であります。
「与八さん、そんな悪い奴は、かまわないから、つかみ出しておしまいなさい」
 お松がそう言っておどすと、ダニが顔の色をかえて、あわてふためいて逃げ出しました。力のあり余る与八を恐れないで、力のないお松を恐れることも不思議であります。
 こんなひょうきん者もあるにはあるけれど、お松の仕事は、次から次と根を張り、枝をのばしてゆくことは、自分たちさえも目ざましいほどでありました。
 つまり、一つの村から一つの村へと、お松のはじめた教育ぶりが伝染して行くのであります。それは大抵、お松を中心として、仕事を習う娘たちの同意から始まって、甲の村でも、乙の部落でも、然《しか》るべき家を借受けて、第二、第三の講習会が起り、つづいて、子供たちのために寺子屋が起り、遊びどころが見つかってゆくというわけであります。
 これがために、お松の事業は、またたくまに発展して、村々を廻りきれないほどになりました。その苦労は、少しもお松の厭《いと》うところではありません。
 毎日、朝早く沢井を出でては、夜おそく帰ることもあります。
 多摩川を中にさしはさんでの上下へ、水の浸透するように、お松の事業が進んで行くのであります。今は秩父境までも、お松を中心とするの講習会が入り込んで行きました。
 そこでお松は、もうこれ以上、自分の足では覚束《おぼつか》ないという時になって、与八がお松のために馬を提供しました。
 お松は毎日、馬に乗って村里めぐりをやり出しましたが、最初のうちは、与八が馬の口を取ったのですけれど、それでは労力の不経済だから、後にはお松自身で手綱《たづな》を取って、与八は家に残って働くようになりました。
 ただ、例のムク犬が始終、お松の行くところへ行を共にして、その護衛の任に当ることだけは、いつも変りません。
 そのうちに、誰が発起《ほっき》したともなく、月の二十三日を地蔵講として、この日には、お地蔵様を祭って、楽しく遊ぼうではないか、という議が持上りました。
 つまり、お松の教え子たちが発起で、月の二十三日を、挙《こぞ》っての祭日にきめようという計画が、忽《たちま》ちの間に成立って、まず最初の記念祭を、この二十三日に、お松の発祥地で開き、それから至るところに及ぼし、二十三日には、それぞれお祝いをしようではないか、ということが、娘たちの間に、少なからぬ熱心を以て提唱されるようになったのです。
 地蔵中心の二十三日のお祭、お松も、与八も、それはよい思いつきの、よいくわだてだと思いました。与八は、それまでに間に合わせるといって、木をえらんで、一丈余りの地蔵尊をきざむことにとりかかる。
 その地蔵尊が出来上ると、従来のお堂をとりひろげて勧請《かんじょう》し、多摩川の岸までズッと燈籠《とうろう》を立てました。
 娘たちは乗り気になって、それぞれのものを寄附する。燈籠の絵も、讃《さん》も、大抵はその娘たちや、教え子たちの筆に成るものが多いのですから、期せずしてこれは、地蔵を中心としての共進会であり、展覧会であるようなことになります。
 お祭の前には、その娘たちが、それぞれひまを見ては、やって来て、お祭の準備の手伝いをする。
 そこで、また一方、お松は若衆《わかいしゅ》たちに向って後援を依頼したものですから、若衆もいい気持になって、よしよし、一肌《
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