した。坂本の宿から峠の上まで、道庵は名にし負う碓氷の紅葉に照らされて、酔眼をいよいよ真赤にしてのぼって来ましたが、上野《こうずけ》と信濃の国境《くにざかい》は夢で越え、信濃路に入ってはじめて、浅間の秋に触れました。
 ここに、便宜上、武州熊谷以来の旅程を示すと――
 熊谷から深谷まで二里二十七丁。深谷から本庄まで二里二十五丁。本庄から新町へ二里。この間に武州と上州との境があって、新町から倉ヶ野へ一里半。倉ヶ野から高崎へ一里十九丁。
 高崎は松平|右京亮《うきょうのすけ》、八万二千石の城下。それより坂鼻へ一里三十丁。坂鼻から安中《あんなか》へ三十丁下り。ここは坂倉伊予守、三万石の城下。安中から松井田へ二里十六丁。
 松井田から坂本へ二里十五丁。こうして今や上州の坂本から二里三十四丁二十七間の丁場を越えて、信濃の国、軽井沢の宿に着いたというわけであります。
 軽井沢へ来て、酔眼をみはって見ると、その風物のいとど著《いちじる》しいのに、道庵は眼をきょろつかせないわけにはゆきません。
 空を見れば浅間ヶ岳が燃ゆる思いの煙をなびかせ、地を見れば三宿の情調が、いとど旅感をそそるに堪えている。七十八
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