ござるべえ」
 この言葉に、米友が力を得ました。

         二

 そこで宇治山田の米友は、峠の町から、軽井沢をめがけて一散に馳《は》せ出しました。
 これより先、道庵は、ちょっと買物をするつもりが、雲助を相手に、酒屋へ入るといい気持になり、うっかりその駕籠に乗せられて、有耶無耶《うやむや》のうちにかつぎ出されてしまいました。
 峠の町から軽井沢までは僅か十八町、且つ下り一方の帰り駕籠ですから、かつぐ方もいい心持、乗る方は一層いい心持になって、大鼾で寝込んでいるものですから、またたくまに軽井沢の宿《しゅく》の入口、桝形の茶屋まで着いても、まだ目が醒《さ》めません。
 ここで、雲助はこの拾い物のお客をおろすと、宿の客引と、飯盛女《めしもりおんな》が、群がり来って袖をひっぱること、金魚の餌を争うが如し。道庵、眼をさまして、はじめて驚き、
「しまった!」
 酔眼朦朧《すいがんもうろう》として四方《あたり》を見廻したけれども、もう遅い。
「お泊りなさんし、丁字屋《ちょうじや》でございます」
「江戸屋でございます」
「手前は佐忠で……」
「三度屋はこちらでございます」
「温かい御飯の冷
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