を読む力がありません――せめてあの駒井甚三郎氏でも近いところにいたならば、自分が東洋画に就《つ》いての意見を吹込んだ人に向って、逆に西洋画の見当を問うのは、いささか気恥かしいようでもあるが、尋ねてみれば相当の当りがつくかも知れないが、今のところでは、皆目《かいもく》、暗夜に燈火《ともしび》なきの有様で、いよいよ白雲の不満と歯痒《はがゆ》さとを深くするに過ぎません。そこで、街頭から空しく立戻って、再びかの油でない方の画面を篤《とく》と見入りました。
 知識は必ずしも芸術を生ませないが、知識なくしては芸術の理解が妨げられ、或いは全く不可能になるということを、白雲はここで、つくづくと思い知らされたようです。
「おれは、これから外国語をやらなくちゃならない、オランダでも、イギリスでもかまわない、どこか一カ国の西洋の文字を覚え込んでおかないことには……」
 白雲は暫く考えていたが、二度目に街頭へ出かけて行った時には、一抱えの書物を買い込んで来ました。見れば、それがみんな幼稚な語学の独《ひと》り案内のようなものであります。明日といわずに、白雲はその場でアルファベットの独修を始めてしまいました。
 
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