に向っては、厳粛な眼を据《す》えておりました。
 女興行師のお角の残して行ったものは、田山白雲にとっては由々《ゆゆ》しき謎でありました。しかも本人が、謎とも、問題ともせずして、投げつけて行ったところが奇妙です。
 これがために、田山白雲がさんざんに苦しめられているところは、笑止の至りであります。
 顧※[#「りっしんべん+豈」、第3水準1−84−59]之《こがいし》であろうとも、呉道玄《ごどうげん》であろうとも、噛んで歯の立たないという限りはないが、こればかりは、つまり、知識の鍵が全く失われているから、見当のつけようがないのです。
 そこで、一旦、白雲は戸外へ出てみました。古本屋|漁《あさ》りをして、もしや、それらしい横文字を書いた書物でも見つかったら――と何のよりどころもない果敢《はか》ない心頼みで、暫く街頭を散歩してみましたけれど、如何《いかん》せん、その時代の書店の店頭に、西洋美術の梗概《こうがい》をだも記した書物があろうはずがありません。
 よし、まぐれ当りに、蕃書取調所《ばんしょとりしらべしょ》あたりの払い下げの洋書類の中にそんなのがあったとしても、不幸にして田山白雲にはそれ
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